2020年12月10日 16:00-
磁石への微視的モデルからのアプローチ
-有限温度での保磁力解析-
宮下 精二 氏
(日本物理学会、東大物性研)
アブストラクト:
磁石、つまり永久磁石は身近な物質であり、モーターや記録媒体などの多くの機器で重要な役割を果たしている。その機構解明、高性能化に向けて盛んに研究が進められている。特にその温度依存性の解明は重要課題になっている。しかし、そこには現在の物理学の方法では取り扱いが困難な多くの興味深い問題を含まれている。この問題への我々の試みを紹介する。ここでは、現在最強の磁石であるNd2Fe14Bを取り上げる。
まず、温度効果を取り入れるため原子描像からのハミルトニアンを構築し、それによって、磁化や異方性エネルギーなど熱力学的諸量を通常の統計力学的な手法で求め、対応する実験値を確認した。さらにそのハミルトニアンを用いて、ドメイン壁構造やFMR(強磁性共鳴)など平衡状態での諸量の解析も行った。原子論的なハミルトニアンを用いることで、各構成原子それぞれの磁化の温度変化や、結晶軸方向依存性など諸量に関しても情報が得られるようになった。
磁石の重要な性質は保磁力であるが、その有限温度に関しては、上記の熱力学諸量とはちがい、理論的な定式化がなされておらず、詳しい定量的解析は行われていなかった。この問題は準安定状態の緩和の問題であり、その崩壊はいわゆるスピノーダル過程とみなされるが、短距離力相互作用系では核生成過程のため、真の意味での特異性を持たない。そのため、見かけ上のスピノーダル過程を定式化しなくてはならないという困難な問題がある。そこでは緩和時間と観測手法、観測時間の関係が重要になる。この問題に対し、我々はまず、ナノサイズ(数十nm) グレインでの系での緩和現象を有限温度LLG方程式の方法や、Wang-Landau法を用いたモンテカルロ法によって得られた磁化の関数としての自由エネルギー関数を用いる方法を開発し、磁化逆転の緩和時間が1秒となる逆磁場の大きさを求め、その温度依存性を定量的に求めることができた。さらに、グレインの大きさが大きくなると、双極子相互作用のため、いわゆる多磁区構造が現れる。このような現象を解析するため、この物質のような複雑な単位胞構造をもつ系で有効に働くMSCO (modified-stochastic-cutoff)法を開発し、多磁区構造を持つ系での保磁力機構についても解析した。さらに、磁石は、グレインの集合体であり、その集団としての保磁力機構の解析の試みについても触れたい。